ビーチボーイズ的生活をしてみて
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最近、約1年半のフリー兼充電期間に終止符を打ち、会社に入って、リーマン生活を再開しました。
周囲からは独立を勧められたりもして、それもいいかなとか思ったりもしましたが、でもそれは今自分がすべきことではないと思い至りました。
独立状態で仕事をするというのは、自分の裁量で好きなように仕事ができて、とても楽しいものです。
休みだって好きなときにとれる。人目を気にせず家で作業できる。こんな居心地の良い生活がずっとできたらどんなにいいだろうと思ったりしました。
でも、このままではダメだなって思ってしまったんです。
価値観の問題です。
一度きりのWeb人生。
だからこそどうしてもしておきたいことがあって、それをあきらめるわけにはいかなかったんです。
独立して仕事をしていてはまず実現できないこと。
これもビーチボーイズからよく考えさせられました。
わからない人には申し訳ないのですが、そのシーンについてちょっと紹介。
ビーチボーイズの中で、マイク真木演じる和泉勝という民宿経営者がいます。
彼は19歳で「楽しいかなと思って」という理由で民宿経営を始め、その後40年以上続けていました。
ただ、彼は本当は民宿経営者になりたかったわけではありませんでした。
本当はサーフィンがしたくて、そのために海に住み着く必要があり、民宿を始めたのです(確かそんな感じ)。
それがいつのまにか、家族のこともあって、サーフィンよりも民宿経営に人生を捧げるようになってしまいました。
そんな勝の姿を見て育った娘の慶子(田中好子。広末演じる真琴の母親)は、
「ここにいると、それでもいいかもって、そんな風に思っちゃうような気がするの。わたしは、それが嫌だった。わたしはそうはなりたくなかった。だから家を出たの。」
と言っていて、勝がいつのまにか、その居心地のよさから、サーフィンという夢を遠くへ追いやってきてしまったことに言及しています。
それは別の場面で勝自身認めています。
勝は広海(反町)と海都(竹野内)の2人の生き方に触発されて、その追いやってしまった夢をもう一度掴まえようと還暦を迎えているにも関わらず、またサーフィンを再開するんです。
しかし、あろうことか調子にのって、みんなが寝静まっているとき、高波に勝負を挑んでしまい、波にのまれてあえなく帰らぬ人となってしまいました。
これには強いメッセージを感じます。
人生何度でもやり直せるといっても、現実問題として、年を取ることで衰えた体力や守るべき家族のことなど考えると思う存分動けるわけではありません。大事なものをあきらめざるをえなくなってしまいます。
やはり勝負できるときに勝負しておかないと、後で取り返しのつかないことになってしまう。
勝はそんなことを広海と海都に伝えたのではないかと思います。「自分の海」を見つけろと2人に言ったこの言葉の意味もなんとなくわかります。
そう、あのドラマは決してプータロー人生、自分探しの旅を謳歌するものではない。
ドラマティックでも何でもない、淡々とした日々を通して若者たちに今をどう生きるかを強く伝えてくれる熱いドラマだと思います。
勝手に偉そうにビーチボーイズに重ねて話をしてしまって申し訳ないです。
ただ、あのドラマをみて、
今、思う存分動けるうちに、とことん挑戦したいと思う。
やりたいことができるうちに勝負しておきたいと。
そんな風に思ったわけです。影響されすぎですね。
まだまだ守りに入ってなんかいられません。
言っておきますが、独立することが守りに入るだなんて言ってませんからね笑。独立は独立で大変ですから。
それよりもやってみたいことが私にあっただけのことです。
そんなこんなでこれからもよろしくお願いいたします。
周囲からは独立を勧められたりもして、それもいいかなとか思ったりもしましたが、でもそれは今自分がすべきことではないと思い至りました。
独立状態で仕事をするというのは、自分の裁量で好きなように仕事ができて、とても楽しいものです。
休みだって好きなときにとれる。人目を気にせず家で作業できる。こんな居心地の良い生活がずっとできたらどんなにいいだろうと思ったりしました。
でも、このままではダメだなって思ってしまったんです。
価値観の問題です。
一度きりのWeb人生。
だからこそどうしてもしておきたいことがあって、それをあきらめるわけにはいかなかったんです。
独立して仕事をしていてはまず実現できないこと。
これもビーチボーイズからよく考えさせられました。
わからない人には申し訳ないのですが、そのシーンについてちょっと紹介。
ビーチボーイズの中で、マイク真木演じる和泉勝という民宿経営者がいます。
彼は19歳で「楽しいかなと思って」という理由で民宿経営を始め、その後40年以上続けていました。
ただ、彼は本当は民宿経営者になりたかったわけではありませんでした。
本当はサーフィンがしたくて、そのために海に住み着く必要があり、民宿を始めたのです(確かそんな感じ)。
それがいつのまにか、家族のこともあって、サーフィンよりも民宿経営に人生を捧げるようになってしまいました。
そんな勝の姿を見て育った娘の慶子(田中好子。広末演じる真琴の母親)は、
「ここにいると、それでもいいかもって、そんな風に思っちゃうような気がするの。わたしは、それが嫌だった。わたしはそうはなりたくなかった。だから家を出たの。」
と言っていて、勝がいつのまにか、その居心地のよさから、サーフィンという夢を遠くへ追いやってきてしまったことに言及しています。
それは別の場面で勝自身認めています。
勝は広海(反町)と海都(竹野内)の2人の生き方に触発されて、その追いやってしまった夢をもう一度掴まえようと還暦を迎えているにも関わらず、またサーフィンを再開するんです。
しかし、あろうことか調子にのって、みんなが寝静まっているとき、高波に勝負を挑んでしまい、波にのまれてあえなく帰らぬ人となってしまいました。
これには強いメッセージを感じます。
人生何度でもやり直せるといっても、現実問題として、年を取ることで衰えた体力や守るべき家族のことなど考えると思う存分動けるわけではありません。大事なものをあきらめざるをえなくなってしまいます。
やはり勝負できるときに勝負しておかないと、後で取り返しのつかないことになってしまう。
勝はそんなことを広海と海都に伝えたのではないかと思います。「自分の海」を見つけろと2人に言ったこの言葉の意味もなんとなくわかります。
そう、あのドラマは決してプータロー人生、自分探しの旅を謳歌するものではない。
ドラマティックでも何でもない、淡々とした日々を通して若者たちに今をどう生きるかを強く伝えてくれる熱いドラマだと思います。
勝手に偉そうにビーチボーイズに重ねて話をしてしまって申し訳ないです。
ただ、あのドラマをみて、
今、思う存分動けるうちに、とことん挑戦したいと思う。
やりたいことができるうちに勝負しておきたいと。
そんな風に思ったわけです。影響されすぎですね。
まだまだ守りに入ってなんかいられません。
言っておきますが、独立することが守りに入るだなんて言ってませんからね笑。独立は独立で大変ですから。
それよりもやってみたいことが私にあっただけのことです。
そんなこんなでこれからもよろしくお願いいたします。